草木の衣裳部屋
構成:淑子 フォス・田部
北斎の絵に、出羽秋田の蕗という戯画がある。 俄雨に遭った旅の男が、雨合羽の持ち合わせがなく、急遽、代わりに蕗の葉を継ぎ合わせて被り、雨の中を急ぐ姿が描かれている。機知に富んだ、詩的で、剽軽で、ユーモアーたっぷりの情景である。
植物の世界は、人間の歴史の中で重要な位置を占め、且つ人間の歴史よりももっと悠久な独自の歴史を持っている。そして、現代ほど、自然がその存在を主張し、人々の意識に浮上してきた時代はないだろう。
ここに“草木の衣装部屋”と題して紹介する三人の作家は、 自然への愛着、殊に植物に対する愛着を、一貫してその創作の基点としている。
Marie-Noëlle Fontan, Phet Cheng Suor, Emma Bruschi (マリー・ノエル・フォンタン、フェ・チェン・シュオール、エマ・ブルスキー) にとって植物は生命力と美の源泉であり、その意味で、同時に芸術の源泉でもある。この三人が、 コンテンポラリーのアーチストであるGuiseppe Pernone やAndy Goldworthy (ジュゼッペ・ペノーネ, アンディ・ゴールズワーシー) に正統的につながる作家であることは言うまでもない。
マリー・ノエル・フォンタンの手になる作品は、百合やウチワサボテンの葉っぱ、竹の葉鞘、オレンジの剝き皮、松の針などを素材にして織ったものであり、フェ・チェン・シュオールの作るドレスやコートは、桑の木やニアウリブナ或いは棕櫚の樹皮から成り立っており、 一方エマ・ブルスキーは、テキスタイルの伝統的な技術に依存せず、直々に麦藁で衣類やアクセサリーを作っている。
この三人の作家の製作に使われる植物は、その本来の外観と鮮やかさを保存しながら、同時に独特の手法で、芸術として、テキスタイルアートとして、さらに現代に通じる衣類として変貌を遂げている。
先史時代の女たちが、森や野原に生える植物で仕立てた衣類を見れば、 我先にと装って、コケット振りを見せたに違いない。
Association Amitiés Tissées
Shukuko Voss-Tabe
www.amitiestissees.com
Marie-Noëlle Fontan
作家の視線はあくまで植物に注がれ、インスピレーションは明らかに植物そのものを源泉としており、そこから、当然ながら、素材と色彩と形態の調和が出現する。
マリー.ノエル-フォンタンの作品は、終始、大らかな植物の生育や植物や、草木 から着想を得ている。
葉っぱや、柴や、樹皮や種子や花々や果実は、その結果、繊細な創作の色彩と構造の要素となる。作家が織り出す自然は、麻と木綿の 緯糸に支えられて、摘み取った植物が一体となって、本来の姿を取り戻すのだ。こうして名もない葉っぱでさえ、作品に織り込まれると、まるでデザイーの着想になるような的確な趣を呈するのだ 。作品が自然を語り、自然が作品を導く。
(文責 – Ambroise Monod アンブロワーズ・モノー, 2008年パリにて)
公式サイト : www.marie-noelle-fontan.com
Instagram : #fontanmarienoell
Phet Cheng Suor
絵画とエッチングを経過した後、植物をテーマとして取り上げるようになる。こうして採集し、夢に描き、紙に変容した“植物ステンドグラス”と“アーチストの書物”が生れた。
私は桑の木やニアウリの樹皮や、シュロの繊維や竹の葉鞘の衣服の立体を製作しながら、立体と詩と植物との対話を追い続けた。それは植物の第二の肌とも言え、マチエールの部分と空洞の部分から成る、言わば空気のような、かりそめの存在となった。
この植物の衣装を製作するために、私は衣服の形態と、象徴を追い続けた、象徴とはつまり、痕跡であり、形跡であり、身体と人間そのものを詩的に包んでいる何かである。
衣服とは人間の美的な“具象化であり、同時に自ら選んだ一種の護身、或いは自己表示、または存在主張のための第二の肌である。
私が築いた“魂の庭園”、桑やナウリの樹皮や棕櫚の繊維や竹の葉鞘からなる“かりそめの存在物”が生息する庭を、ゆっくりと散策していただければ嬉しい。
(作者稿 : フェ・チェン・シュオール)
Site : www.phetchengsuor.com
Emma Bruschi
エマ-ブリュスキィは、2019年に、ジュネーヴの アートとデザイン大学* で、ファッションデザインとアクセサリー部門の免状を授与される。
2020年、南仏のイエールで開かれた、第35回ファッション、写真、アクセサリー国際フェスティヴァル* では、そのアルマナッハコレクション* の作品によって、シャネルが工芸部門の作家に与える19M賞* を受賞。
エマの仕事の中心にあるのは、原材料、工芸、手仕事、伝達そして実験であり、そのため、彼女はテリトリー(郷土)を原材料とし、個人的に親しんでいる土地から着想を汲んでいる。エマがコレクションのために制作した作品には、一種の郷愁や静寂、落ち着きが漂っている。
彼女が制作する衣服は、田園や農村、仕事着、動物や草花や、そしてそレラに由来する様々な手仕事が発想の源なのである。
2021年以来、叔父のEric Vergain (エリック・ヴェルゲン) の協力でライ麦を栽培。鎌を使って、仲間同士で楽しく採り入れたこのライ麦から、彼女のデザインで、衣類やアクセサリーや花束が生まれた。
エマの目的は、土を耕し、自分自身の手による材料を使うことである、それは、農婦とデザイナーの一体化と言えよう。
- HEAD – Haute École de l’Art et de Design, Genève
- 35ème Festival International de Mode, de Photographie et d’Accessoires de Mode, Hyère, France 2020
- Almanach
- Prix 19M des Méteirs d’art de CHANEL au 35ème Festival
公式サイト : www.emmabruschi.fr
Instagram : @emma.bruschi